経済的自由を手に入れる。その瞬間、人生の景色は変わる
「お金が全てじゃない」
たしかに、それは正しい。
でも――この社会に生きる以上、お金が関係しない幸せはほとんど存在しない。
経済的自由を目指すことは、欲深い行為でも、拝金主義でもない。
むしろ、自分や家族を守るために必要な「防具」を整えるようなものだと、自分は考えている。
経済的自由とは、誰かに命じられて働くことを強制されず、
自分の意志で「働く」「休む」「遊ぶ」を選べる状態。
つまり、時間とお金の主導権を取り戻すことだ。
お金が増えると、自信と安心が増える。それだけのこと
お金を持つことの本質は「安心感」だ。
口座残高が増えるたびに、自信も少しずつ積み上がっていく。
このシンプルな構図を実感できたとき、人生は静かに変わり始める。
たとえば、自分が投資を始めたころ。
最初に投資した1万円だったが数日後の評価損益が9,790円。つまり210円のマイナスと表示された日は心が揺れていた。
けれど今では、数%の暴落でマイナス21,000円と表示されても何も感じなくなった。
それは、お金が増えたからではなく、「自分でコントロールできている」という実感が増えたからだ。
人は、お金を増やす過程で自己効力感を手に入れる。
「努力すれば結果が出る」とわかった瞬間、人は自信を取り戻す。
それがたとえ小さな額でもいい。
積立残高が増えるたびに、「自分は何かを続けられている」という感覚が芽生える。
この積み重ねが、安心を生む。
そして、安心があるからこそ、挑戦できる。
経済的自由とは、贅沢に暮らすためではなく、自由に選択できるための土台だ。
お金が無いことが原因の不幸は、確実に存在する
お金があっても不幸な人はいる。
けれど、お金が無いことで生まれる不幸は確実に存在する。
これは否定できない現実だ。
家賃が払えない。
病院に行くのをためらう。
子どもの希望を叶えられない。
そのどれもが、お金があれば解決できる問題だ。
自分もかつて、貯金ゼロの生活をしていた。
毎月の支払いに追われ、将来のことを考える余裕もなかった。
焦り、虚しさ、劣等感。
スロットにのめりこみ、挙句に大学も中退した自分はその時点で詰んでいた。
「努力しても意味がない」と思っていたあの頃は、まさに経済的不自由の牢屋に閉じ込められていたようなものだ。
お金の心配が続くと、心まで貧しくなる。
人にも優しくできなくなる。
余裕が無いから、挑戦もできない。
これは、資本主義社会における「構造的ストレス」だと感じている。
だからこそ、自分は経済的自由を目指すことを「人生の目標」に置いた。
自由とは、逃げではなく選べる力のことだ。
その力を持つためには、やはりお金が必要なのだ。
一人では無理。お金に「働いてもらう」という発想
毎日、自分ひとりで働いて得られる収入には限界がある。
どれだけ残業しても、体力も時間も有限だ。
そこで重要になるのが、「お金に働いてもらう」という考え方だ。
自分が寝ている間にも、少しずつお金が増えていく仕組み。
それがインデックス投資だ。
自分はS&P500に毎月10万円を積み立てている。
一見地味だが、積み上がる資産を見るたびに、「自分の分身が世界で働いてくれている」ように感じる。
資産形成は、まさに「チーム戦」だ。
自分ひとりではなく、資本主義の仕組み全体に乗っかる。
お金という仲間を増やし、働く頭数を増やす。
これが、ワンオペ労働から抜け出す唯一の方法だと思っている。
資本主義社会の現実と、向き合う覚悟
自分たちは、資本主義というゲームの中で生きている。
どんなに「お金がすべてではない」と唱えても、このルールの外には出られない。
むしろ、その仕組みを理解してうまく使う方が、よほど賢明だと感じている。
資本主義では、資本を持つ者が有利だ。
これは厳しいが、揺るがない真実。
働く時間には限りがあるが、資本には限りがない。
株式や不動産、ビジネス――お金が働き続ける仕組みを持てば、時間の壁を超えられる。
「お金があれば幸せになれる」とまでは言わない。
だが、自分の経験上、お金があれば不幸を避けやすくなるのは確かだ。
選択肢が増え、行動の自由度が広がる。
心の余白ができると、人にも優しくなれる。
それが、自分にとっての「経済的自由の恩恵」だと思う。
一方で、経済的自由を目指すには、それなりの覚悟も必要だ。
最初のうちは、成果が出ない時期が続く。
暴落に心が揺れることもある。
けれど、その不安を超えた先にしか、本当の安定はない。
不安と向き合いながら、少しずつ「安心」を積み上げていくプロセスこそが、資産形成の本質なのだと思う。
「お金が人生のすべてではない」けれど――
お金がすべてではない。
だが、99%の悩みはお金で解決できる。
それが、この社会のリアルだと感じている。
もちろん、お金で「心の幸せ」までは買えない。
けれど、お金があれば「心の不安」を取り除くことはできる。
不安が減れば、自然と心が穏やかになる。
結局のところ、お金とは「安心を買うための道具」なのだ。
かつて自分は、ギャンブルで一瞬の快感を追い求めていた。
「今、この瞬間」にしか価値を見いだせなかった。
でも投資を通じて気づいたのは、未来に向けて積み上げる喜びの存在だった。
ドーパミンの出し方を変えただけで、人生の方向が大きく変わった。
今では、相場が動いても心が波立たない。
それは、自分の「人生の土台」が少しずつ安定してきたからだと思う。
お金を増やすことは、ただの数字遊びではない。
それは、自分の中に「揺るがない自信」を育てる行為でもある。
まとめ
経済的自由を手に入れるとは、豪華な暮らしをすることではない。
それは、「人生の主導権を取り戻すこと」だ。
お金の不安から解放され、自分の時間をどう使うかを選べるようになる。
この自由こそ、人生の質を決める根幹だと感じている。
お金が増えると、心に余裕が生まれる。
余裕があるからこそ、人に優しくできる。
安心があるからこそ、挑戦できる。
そして、挑戦の結果がまた自信につながる。
失敗しても「まぁしょうがない」と割り切れる。そこから学べることも多い。
この循環が回り始めたとき、人はようやく「自由」を感じられるのだと思う。
焦る必要はない。
積立額が小さくても、時間を味方につければ必ず変化が起きる。
自分も大学中退・貯金ゼロ・職を失った過去から、ここまで来た。
できることから一歩ずつ始めればいい。
経済的自由は、特別な人だけが手に入れるものではない。
「お金に働いてもらう」と決めた瞬間から、誰でもスタートできる。
今日も自分は、相場を気にせず淡々と積み立てている。
お金が増えるということは、安心と自信を少しずつ取り戻していくこと。
その積み重ねこそが、人生を静かに変えていく力になると信じている。