なぜ、あの頃あんなにパチ屋に通っていたのか ― 自分の「目的」を見失っていた日々

ギャンブル依存→投資家へ転生

「暇だから」「ストレス発散」…本当は何のために行っていたのか

今振り返ると、あの頃の自分は毎日のようにパチ屋に通っていました。
理由を聞かれても明確な答えは出てこない。「暇だから」「ストレス発散のため」――そんな言葉を口にしていたけれど、正直どれも“後付け”でした。

朝起きて、特に予定もない。すると自然と頭の中に浮かぶのは「今日はどこの店が強いかな」「あの台、そろそろ出そうだな」という思考。
気づけばスマホでデータサイトを見て、なんとなく出かける準備をしている。
「今日は軽く打つだけ」と言いながら、結局夜まで打ってしまう。そんな日々が何年も続きました。

勝てば嬉しい。でも負けた時の虚無感と自己嫌悪は本当にきつかった。
財布の中が軽くなるたびに、「何やってんだ俺…」と心の中でつぶやく。
それでも翌日にはまた同じことを繰り返す。理屈では分かっているのに、体が勝手に動いてしまう。
まさに、自分の時間とお金の“主導権”をギャンブルに奪われていた時期でした。

「打ちに行くために」生活を組み立てていた日々

今思えば、当時はすべてを後回しにしてでもパチ屋に行く時間を優先していました。
用事があっても「あとでやればいいや」と後回し。誰かと約束してもそれっぽい理由を付けて断る。ひどいときは、パチ屋に行かない仲の良い友人が一晩中自分とゲームするために泊まりに来てくれたのに、朝になると寝てしまったその友人を置いてパチ屋に打ちに行っていました。その後のことは覚えていません。ただ結果として、その友人とは疎遠になり今では連絡先も分かりません。
気づけば自分の生活そのものが、スロットを中心に回っていました。

仕事が終われば即ホールへ直行。休みの日は朝から並ぶ。
給料日が来ると「今月の負けを取り戻す!」と気合を入れる。
でも結局、生活費を削ってまで打つようになり、手元には何も残らない。
勝った瞬間の興奮だけを求めて、負けた現実には目を背けていました。

今なら分かります。あの頃の自分は「勝ち負け」よりも「打つこと」そのものが目的になっていたんです。
あの音、光、シュール演出(演出なしでの確定目)、周囲の熱気――そうした刺激が、現実の退屈さを一瞬だけ忘れさせてくれる。
それが欲しくて通っていた。お金を増やすためではなく、“何かを感じたい”ために行っていたんです。

一番楽しかったのは「開店前のあの時間」だった

面白いもので、今振り返ると一番ワクワクしていた時間は、実は打っている最中ではありませんでした。
それは「開店前にスロ仲間と並んでいるとき」。
寒い朝に缶コーヒーを片手に、「今日は何打つ?」「あの台、3日間連続で凹んでるし設定そろそろ入るんじゃね?」と他愛もない話をしていたあの時間です。

あの瞬間こそが、一番“生きてる”感じがした。
まだ何も始まっていないのに、希望と期待感だけは満ちていた。
結果なんてどうでもいい。ただ「これから何かが起きるかもしれない」というワクワクが、すべてだったんだと思います。

けれど、いつの間にかその仲間たちもいなくなっていました。
就職、結婚、引っ越し……それぞれの人生を歩み始め、自然と疎遠になっていく。
気づいたときには、開店前に並ぶ列の中で、自分だけが取り残されていました。

お金を稼ぎに行っていたわけではなかった

本気でお金を増やしたいなら、もっと効率の良い方法はいくらでもあったはずです。
でも当時の自分は、そういう現実には目を向けませんでした。
頭のどこかで「ギャンブルで稼げるわけがない」と分かっていながらも、感情はそれを拒否する。

なぜなら、ホールに行くことで得られる“ドキドキ感”が何よりも中毒性があったから。
設定示唆演出が出た瞬間、突然のフリーズ、重要な場面でのレバーを叩くあの一瞬――
そのわずかな刺激が、自分の心を支えていたんです。
「勝ちたい」というより、「あの高揚感をもう一度感じたい」。
今ならそれが、自分の本音だったと素直に言えます。

しかしその一方で、スロット規制が進み、出玉のインパクトも薄れ、あの頃のような興奮を感じることは少なくなっていきました。
周囲を見渡しても、明らかに負けている人が増えた。そもそもドル箱はいつも空の状態(スマスロ以前の頃)。
「今日は勝てるかも」と思っても、帰り道はいつも静か。
そんな日が続くうちに、ふと我に返ったんです。
「俺、何してるんだろう」と。

「あれ?何してるんだ俺。」― 止めるきっかけとなった瞬間

その「何してるんだ俺」という感情は、突然やってきました。
スロ仲間が一人、また一人と離れていき、ホールの中で見知った顔も減っていく。
気づけば、自分だけが変わらず同じことを繰り返していた。
あの頃の楽しさはどこにもなく、ただ習慣だけが残っていました。

さらに追い打ちをかけるように、勤めていた会社が倒産しました。
何も考えずに過ごしてきた日常が、一瞬で崩れ落ちた。
それでも、なぜか最初に浮かんだのは「明日はどこで打とうか」という考え。
その瞬間、ゾッとしました。
「このままじゃ、本当に何も残らない」と。

仕事もお金も、信頼も、すべてを失って初めて、ようやく現実を直視できた気がします。
そして、スロットに依存していた自分を客観的に見つめるようになりました。
あの頃の自分は、“負けてもいいから何かを感じたい”という気持ちに支配されていた。
それがどれほど危うい精神状態だったかを、ようやく理解しました。

刺激を求める自分を、どう扱うか

人間は、誰しも刺激を求める生き物だと思います。
それがギャンブルであれ、恋愛であれ、仕事の成功であれ、根っこは同じ。
「ドキドキしたい」「自分を感じたい」という欲求がある。
だからこそ、それを“どこでどう出すか”が重要なんだと、今では思います。

僕の場合、投資を始めてからようやくその欲求と上手に付き合えるようになりました。
2020年から旧NISAで積立を始め、2024年からは新NISAでS&P500に毎月10万円を投資。
最初は不安もありました。株価が3%下がるだけでソワソワしていた時期もありました。
でも、4年目に入った頃には、1日で5%下がっても何も感じなくなっていた。
「ドキドキ」ではなく「淡々と積み上げる快感」に変わっていたんです。

ギャンブルで感じていた“高揚感”を、投資や筋トレ、ランニングに置き換えることで、
自分の中にあったドーパミン中毒を「健全な形」で再現できるようになりました。
最初は意識的に、今では自然に。
これは、“自分をコントロールできている”という感覚を取り戻す訓練でもありました。

過去を否定するのではなく、「材料」にする

ギャンブル漬けだった過去を思い出すと、正直いまだに胸が痛みます。
あの頃の自分は間違いなく“依存”していました。
でも、今ではその経験を完全に否定はしていません。
なぜなら、その過去がなければ、今の自分はきっと「お金」や「自制」について真剣に考えることもなかったからです。
これは学校では決して教えてくれない人生においてとても重要な2要素だと思います。
現在では、高校生にもなれば”金融教育”が授業にあるようですが当時は全くありませんでした。

スロットで失ったお金は戻ってこない。けれど、それ以上に大きな「気づき」を得た。
それは、「自分にウソをつく生き方は長く続かない」ということ。
“お金を稼ぐため”と自分に言い聞かせながら、本当はただの快感を求めていた。
その自己矛盾が、心を削り続けていたんだと思います。

今では、心の中でこう考えています。
「ギャンブルで感じたドーパミンも、積立投資で感じる達成感も、どちらも“自分が選んだ結果”である」と。
大事なのは、無意識に流されず、“自分の意思で選ぶ”ということ。
それができるようになっただけで、人生は大きく変わりました。

まとめ ― 自分を取り戻すということ

脳は”高揚感を得るため”なら平気で自分自身を騙してきます。
振り返れば、パチ屋に通っていた日々は、「お金を得るため」ではなく「高揚感を得るため」でした。
退屈な日常から逃げ、刺激を求めていた。でも本当に欲しかったのは「安心」や「自信」だったのかもしれません。
この脳の”高揚感を得るため”の騙しを良い習慣(投資・筋トレ・ランニング)に変えることが出来れば、それは続きます。

今はもう、あの光と音に心が揺れることはありません。6号機、スマスロ時代はかなり出玉性能は削られているようです。youtube等で見れる実践動画を見るとひどいもんです。出来レース感を感じる時点で、既に求めているものではありません。
代わりに、静かな時間に感じる満足感や、積立が増えていく過程に小さな喜びを見いだせるようになりました。
それはかつての“爆発的な快感”ではないけれど、確かな安定と成長を感じます。

ギャンブルをやめたことは「何かを失う」ことではなく、「自分を取り戻す」ことだった。
そして今は、自分の時間・感情・お金を、自分の意思で使えている。
それが何よりの自由です。

もし今、かつての自分のように「なんとなくパチ屋に通ってしまう」という人がいるなら、
無理にやめようとしなくてもいいと思います。
まずは一度、「自分は何を感じたくてそこに行っているのか」を考えてみてください。
答えが見えたとき、自然と“次の一歩”が見えてくるはずです。

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