かつては「引けるかどうか」にすべてを賭けていた
かつての私は、朝イチの抽選から夜の閉店まで、ホールで勝負し続ける生活をしていました。
大花火、北斗の拳、吉宗——あの頃の4号機時代は、まさに「一撃の快感」と「夢の再現」を追いかける日々。
突然のリーチ目、爆裂する出玉、脳を突き抜けるあの瞬間のドーパミン。
その日の勝利を確信した時の優越感、そして負けた帰り道での虚無感。すべてを繰り返していました。
今思えば、あの頃は「自分が勝つか負けるか」という“単発的な結果”に全神経を注いでいました。
そして、それを繰り返すうちに「再現性がない」ということを、どこかでうすうす感じていたのです。スロット業界もどんどん規制され始め、勝てなくなっていきました。
けれど、それを直視するのが怖かった。
「今日は勝てる。必ず勝てる」「この台は出る気がする」と自分に言い聞かせていたのは、現実逃避に近いものでした。
「再現性」という概念に出会った
転機が訪れたのは、会社が突然倒産したときでした。
収入がゼロになり、ギャンブルに使う余裕もなくなり、初めて「お金と時間をどう使うか」という現実を見つめ直しました。
そのとき、ふと目にしたのが「インデックス投資」という言葉です。
「放っておくだけで資産が増える?」──正直、最初は半信半疑でした。
でも、ギャンブルのように“明日の結果が全て”ではない世界に、なぜか惹かれたのです。
最初の数年間は、本当に退屈でした。チャートを見ても、ほとんど動かない。コロナの時は大変でしたが。。
一方で、スロットは一瞬で結果が出る。心拍数が上がり、アドレナリンが出る。
投資はその真逆です。静かで、地味で、即効性がない。
けれど、「含み益」が初めてプラスに転じたあの日、私の中で何かが変わりました。
数字が動いた瞬間、「自分が何もしていないのに、お金が働いてくれている」ことを実感したのです。
ギャンブル<投資 ──脳が切り替わった瞬間
私はこの時、「再現性の違い」に気づきました。
スロットで万枚を出しても、次の日にはまたゼロからスタート。
一方、投資では時間をかけるほど成果が蓄積され、利益が利益を生む。
この「再現性の有無」が決定的な違いでした。
ギャンブルは「瞬間の熱狂」であり、投資は「継続の安心」。
どちらもドーパミンを生みますが、投資の方が“長期的な充足感”を与えてくれるのです。
特にインデックス投資では、S&P500のような指数に連動して世界トップクラスの企業達が働いてくれる。
私は寝ている間も、企業が利益を上げ、その一部を自分の資産として還元してくれる。
ギャンブルが「自分一人の労働と感情」に依存するのに対し、投資は「無数の人々の努力」に乗っかる仕組み。
つまり、自分の時間と体力、メンタルを使わなくても、誰かが代わりに働いてくれているのです。
自分の“働き手”が2人になるという発想
この感覚を得てから、私は「働き手が2人いる」と考えるようになりました。
1人は現実の自分。もう1人は投資したお金です。
お金は文句を言わず、休まず、寝ずに働き続ける。
しかも、複利が効いてくると、その「2人目の自分」が指数関数的に成長していく。
やがて、本業の収入が小さく見える日が来る——それが「複利脳」の世界です。
この変化は劇的ではありません。むしろ、気づいたらそうなっていた、という感覚に近い。
私の場合、旧NISAで積立て始めた2020年から、最初の含み益が見え始めるまで数カ月、2年程経った頃には1日で3~5%程度の暴落では何も感じなくなりました。
そこから一気に「自分のお金が自分を助けてくれる」という実感が芽生え、同時にギャンブルへの興味が薄れていったのです。
複利が“現実”になる瞬間
「複利は人類最大の発明だ」──アインシュタインの言葉を、投資を始めた当初はどこか遠い世界の話だと感じていました。
でも、数年かけて積み立てた資金がある程度の規模になると、毎月の変動額が目に見えて増えていくのです。
最初は数百円だった値動きが、いつの間にか数千円、数万円単位に変わっていく。
それは“雪だるま”のように、最初は小さくても転がすほど大きくなる不思議な感覚でした。
このとき私は、初めて「お金が働く」という意味を“体感”しました。
それまでの人生では、収入を増やすには自分が働くしかなかった。
しかし投資は、自分が何もしなくても成長していく。
ギャンブルのように一夜で倍にはならないけれど、数年後に“いつの間にか増えている”という再現性のある成長が得られる。
これこそが、ギャンブル脳が複利脳に切り替わる最大の魅力です。
「r>g」を体感するということ
経済学者トマ・ピケティの有名な公式に「r > g」があります。
rは資本の成長率、gは労働による成長率。つまり、資本(お金)の成長スピードは、労働より速い──という意味です。
理屈では理解していても、この法則を“体感”するまでには時間がかかります。
私の場合、投資4年目に(2023年)突入したころに気づきました(もちろん上昇相場であったことも大きいです)。
「自分の給料よりも、投資益の方が増えている月がある」と。
それは決して自慢ではなく、資本主義の構造をリアルに理解した瞬間でした。
私が仕事でどれだけ頑張っても、1ヶ月に稼げる額は限られています。
しかし投資した資本は、世界中の人が働いてくれることで、私の想像を超えるスピードで増えていく。
「r>g」とは、単なる数式ではなく、資本主義社会の“現実”を映す鏡なのです。
この公式を実感すると、浪費への欲求が自然と減っていきます。
なぜなら、消費は一瞬で終わるけれど、投資は永続する。
ギャンブルに使っていた1万円を、今は投資信託に回す。
以前なら数時間で消えていたお金が、今は未来の自分を支えてくれる資産になる。
この違いを理解してから、私は「お金を使う」という行為の意味が根本から変わりました。
快感の“質”を変える
ギャンブル時代の私は、「一瞬の爆発的な快感」を追っていました。
しかし今は、「じわじわと積み上がる安心感」に快感を覚えるようになりました。
これはまるで、筋トレやランニングに似ています。
すぐに成果は出ないけれど、確実に積み重なっていく。
投資も同じで、日々のわずかなプラスがやがて大きな自信になるのです。
ギャンブル脳のままでは、常に「次の刺激」を求め続けてしまいます。
しかし複利脳に切り替わると、「今ここにある安定と成長」に満足できるようになる。
刺激ではなく、再現性に価値を感じる──その瞬間、人生のペースが変わります。
まとめ:複利脳で生きるという選択
ギャンブルから投資へ移行したことで、私が得た最大の報酬は「時間」と「心の余裕」でした。
もうホールの開店時間に合わせて起きることも、負けた日の自己嫌悪に沈むこともない。
代わりに、朝の静けさの中でコーヒーを飲み、筋トレやランニングをしながら、資産が静かに働くのを感じています。
それは派手ではないけれど、確実に幸福の質を変えてくれました。
もし今、あなたが「ギャンブルをやめたいけれど、あの高揚感を手放せない」と感じているなら、焦らなくて大丈夫です。
私もそうでした。
複利脳は、一夜で切り替わるものではありません。
時間をかけて、自分の中に「再現性のある成果」を積み上げていく過程で、自然と変わっていくものです。
大切なのは、今日もまた“もう一人の自分”──つまりお金に働いてもらうこと。
寝ている間も、未来に向かって資産が成長していく仕組みを信じること。
そして、時折チャートを見ながら「今日もよく働いてくれたな」と感謝できる自分でいること。
それこそが、ギャンブル脳から抜け出した先にある、静かで強い快感です。